ジャケットはみんな同じではありません
ラペルの折り返したVラインから裾まで角度なく緩やかに曲線を描いていること。これはビームスのディレクター・中村達也さんが常々口にするジャケットの美学です。たしかにラペルの折り返しが始まる部分(段返り部分)が、「く」の字にしっかり角度がついているジャケットは、なんとなくカジュアル用というか、デザイナーズジャケットというか、そんなカテゴリーに見えるのです。ラペルラインから裾まで「6」の字を描くようにカーブしているジャケットは服としてはもちろん、人が手で仕立てる布の工芸製品としても美しいと思います。
このフロントのライン、じつはもともとスーツの出自によって特長がありました。たとえばダブルのジャケットは裾が直角になっていますが、イギリス式のジャケットは、この直角の角を丸く落としたようになっていました。イタリア式はこの丸いラインが大きくて、特に南イタリアは、下ボタンのあたりから「ハ」の字を描くように広がっていくので、最初から下ボタンは掛けることができないようになってきました。
このフロントカットの「ハ」の字が大きく切り広がっているのは「カッタウェイフロント」といって、南イタリア発祥のデザインといわれていたのですが、最近はこういうオリジナルのディテールが、どこの国でも見られるようになっています。イギリス式のジャケットにもカッタウェイフロントがあったりするので一概には言えなくなってしまいました。こうしてどんどん地方色豊かで個性溢れるスーツのデザインが、おしなべて同じようになってしまうのは、なんとなくさびしいものです。これもグローバルの波なんでしょうか。