福澤幸雄のブレスレット

もうひとりの「日本のジェームズ・ディーン」に捧ぐ

 袖丈が短くなると腕もとが心もとない。さりげなく、ブレスレットを付けてみてはどうだろう。

 福澤幸雄をご存知だろうか。誰もが知る日本のジェームズ・ディーンといえば赤木圭一郎だが、福澤幸雄は赤木の死から8年後、レーシングカーのテスト走行中、不慮の事故でこの世を去った。赤木は21歳のとき撮影所内で事故を起こしジミーと同じ2月21日に亡くなったが、福澤の事故日は25歳の2月12日、アナグラム的には少しだけ歯車が狂った運命のいたずらにさえ思えてしまう。

 カーレーサーだった福澤は、その名字から慮れるとおり福澤諭吉の曾孫にあたる。父は外交員、母はギリシャ人のオペラ歌手。彼自身もフランスで生まれており、英語・フランス語が堪能だった。帰国後、まだクルマが高級品だった時代、慶応義塾大学在学中にレーサーとしてデビューを果たす。彫りの深い日本人離れした美貌から、ファッションモデルとしても活動し多くのCMにも出演している。当時最先端の若者が集まる六本木野獣会のメンバーであり、お洒落も遊び方もスマートなファッションリーダーであった。大学卒業後、当時の人気ブランド「エドワーズ」で役員に就任すると、ファッション業界とモータースポーツの発展・繁栄に身を尽くしていたという。

 福澤家の血筋を引く上流階級出の、誰からも好かれる好青年。海外事情に精通しウェルドレッサーであった彼の華やかなライフスタイルは、いまも語り継がれていて、シニア世代のファッショニスタにとっては伝説的な存在でもある。エドワーズもボージェストも、今では当時とまったく違うコレクションだが、神宮前のテーラー「ミスター・フェニーチェ」では、福澤幸雄を永遠のファッションアイコンと崇めるオーナーが「希望のハンドル」を意味する「ヴォランテ」というブランド名のアクセサリーを扱っている。プレートをチェーンと組み合わせたブレスレットは、福澤が肌身離さず身につけていたデザインを踏襲したもの。もし福澤がいまも生きていたら、きっと相当なイケオジで、ブレスなどさらりと身に付けているに違いない。

https://mrfenice.com/


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください