月別アーカイブ: 2014年7月

斜に構えたポケットの意味

英国由来のポケットデザイン

ジャケットの腰ポケットが斜めになっているものを「スラントポケット」といいます。「ハッキングポケット」ともいい、ロンドンのサヴィルロウのテーラーの仕立て服によく見られるデザインです。

これは馬に乗っているときに手を入れやすい形状なのだそうで、ジャケットが乗馬服から派生したことの名残だといわれます。右側のポケット上部に一回り小さいポケット=チェンジポケットが付属して親子式になることもあります。

スラントだから見え方がどうだとか、かっこいいとかわるいとかいうことはありません。あくまでデザインの一部なので、スラントポケットに固執する必要はないのですが、斜めのライン=スラッシュラインがシャープに見えると、若い人に人気なこともあるようです。

強いて言えば、見る人が見れば英国式のデザインだとわかりますので、タブカラー、またはピンホールカラーのシャツにレジメンタルタイを合わせて、ブリティッシュスタイルを意識して着るならよいかもしれません。


ポケットの蓋の粋な使い方

フラップがある意味

現代のスーツの原型が整ったとされるのは1920年代といわれます。それ以前にスーツを着ていたのは西洋の貴族階級の人たちでした。時間帯や執務内容、狩りや食事のたびに服を着替えていた彼らの服は、デザインに明確な理由付けがありました。

たとえばポケットの形状。外で着る上着のポケットは、埃や雨水が入らないように蓋がついています。室内着のポケットには蓋がついていません。

スーツのジャケットの腰ポケットには、「フラップ」と呼ばれる四角いピロピロした生地がついています。これは「雨蓋」とも呼ばれるもので、文字通りポケットの蓋です。ポケットに蓋をして埃や雨水が入らないようにする機能ディテールなので、つまりこの服は屋外で着る服ということ。家を出て会社に行って、外回りに出かけて帰宅するビジネスマンのライフスタイルに相応しい服なのです。

フォーマルウェアのポケットは、切り口だけの玉縁ポケットになっています。モーニングやタキシードのポケットは、フラップがついていませんね。室内での礼装用に着る服なので、ポケットの蓋は必要ないわけです。

結婚式などに参列するとき、手持ちのスーツのなかでもフォーマル用と決めている一張羅やブラックスーツで出席される方もいることでしょう。そんなときは、フラップをポケットにしまって、フォーマルウェア風にしてしまうのもよいのでは。“わかってる”風を装えます。


本切羽は本当に必要ですか?

たしかに職人の腕の見せ所ではありますが

かつて「袖のボタンがきちんと開くのは、高級スーツの証」などと吹聴されたことがありました。これはナポリのスーツを愛好した人の言葉であって、イギリスのスーツを知る人なら気にしたことはないはずです。ロンドンはサヴィルロウの高級テーラーでは、高価なビスポークスーツでも、クライアントが希望しなければ、袖ボタンは閉じた状態の「開き見せ」で仕上がってきます。

ナポリのテーラーたちは、それぞれ個性と主張が強く、自分たちの腕こそが最高だと思い込んでいるところが有り、それが個々のスーツのディテールにあらわれています。誰かがいつのまにか袖の飾りボタンを、きちんとボタンホールを作ることで開くようにした。それを「細かな仕事ができる俺、偉い!」となったようです。ボタンホールをいまだ手かがりで仕上げたり、ボタンを重ねて設定するなども、ちょっとずつ個性を発揮した結果なのです。

イギリス式とは一線を画すやわらかな仕立ては南イタリアならではのスタイルで、細部の仕事ぶりも手の良い証拠。ですが、あからさまにそれを「良いスーツの証拠」とうたうことは、ちょっと違うかなと思うんです。たまたま日本でナポリスーツのブームがあったときに、その顕著な特徴をあげつらって「これぞ、良いスーツ」と銘打っただけのことのように思えます。

実際にナポリのテーラーは、客に「俺の仕立てた服を着ていないとは何事だ!」と、怒鳴るそうです。そして、よそのテーラーが仕立てたスーツをけちょんけちょんにけなすのだとか。

あるイタリアンサルトの重鎮である老職人が、僕に言ったことがあります。「自分の仕事に誇りを持っているならば、他人の仕事の悪口は言わないもの。君の着ているスーツを悪くいうテーラーがいたら、そいつは偽物だよ」と。


それでも靴とベルトは揃えるべき?

伝統を守り続けるのも結構ですが

黒靴には黒革ベルト、茶靴には茶革ベルト、スエードの場合はもちろん合わせて。そんな「靴とベルトの鉄則」は、いまでもよく知られたスーツのルールではないでしょうか。靴を買うときには、必ず同じ素材のベルトを買うという方もいらっしゃいます。もちろん、紳士の装いには基本と応用があるので、靴とベルトの素材を合わせるのは大いに結構。スーツの色と靴の色、トーンの合わせ方や素材の合わせ方など、基本にしたがって最適なコーディネートを見つけていただきたいものです。が、そろそろベルトに縛られるのは、やめませんか?

紺のスーツにアイビーやプレッピーな気分を取り入れて、リボンベルトやダブルリングのベルトをあわせてもお洒落な印象です。だからといって、靴までリボン柄というわけにはいきません。

いいんです! ベルトだけ変えていても。ネイビースーツに白シャツとネイビータイ、茶靴を合わせてブルー×グリーンのリボンベルトというコーディネートは十分お洒落です。派手なウェスタンベルトや、どうにも似合わない色柄やスタッズ付きのベルトでなければ、ドレススタイルに相応しいお洒落な色と素材を、自由に組み合わせてみましょう。どこまでならOKで、どこまでならNGなのかは、基本の組み合わせをしているうちに自然とわかってくるはずです。お洒落に自信の無い方は、基本を押さえてから、応用編へ移行しましょう。

「この若造、靴とベルトの素材合わせも知らないのか」と思われたくないなら、靴と時計のベルトをあわせるという手も。茶靴にベルトは色柄にして、時計のベルトに茶革を合わせるなんて粋な小物使いのテクニックです。


まだ、お台場にこだわりますか?

そういや英語で「お台場」ってなんていうんだろ?

いつ、誰が「お台場仕立て」を丁重に取り上げたのでしょうか。表地を内側に大きく切れ込ませて、内ポケットの口部分まで使う「お台場仕立て」を、高級スーツの代名詞のように持ち上げたのは、90年代のスーツ語り。着心地やスーツのシルエットやデザインに与える影響はとくにありません。たしかに少々手は込んでいますが、あくまで職人の遊び心の表れ。南イタリアのスーツ職人によくみられる、「俺、こんなことやってみたんだけど、すごくね?」という自己顕示の仕様です。

とはいえ、こういったディテールワークがスーツの興味を高めてくれるのもまた事実。「お台場仕立て」という「だから何?」といった仕様も自己満足の一部なら、袖の飾りボタンのボタンホールを一箇所だけ糸色を変えるのも同じ自己満足です。スーツなんて、所詮自己満足の集合体です。もちろん上質な生地と仕立てや、自分の身体にぴったりフィットするサイジングを謳うのは結構ですが、細かい部分に満足を得られるならそれもまた一興。スーツの楽しみ方は、いろいろあっていいと思います。