本切羽は本当に必要ですか?

たしかに職人の腕の見せ所ではありますが

かつて「袖のボタンがきちんと開くのは、高級スーツの証」などと吹聴されたことがありました。これはナポリのスーツを愛好した人の言葉であって、イギリスのスーツを知る人なら気にしたことはないはずです。ロンドンはサヴィルロウの高級テーラーでは、高価なビスポークスーツでも、クライアントが希望しなければ、袖ボタンは閉じた状態の「開き見せ」で仕上がってきます。

ナポリのテーラーたちは、それぞれ個性と主張が強く、自分たちの腕こそが最高だと思い込んでいるところが有り、それが個々のスーツのディテールにあらわれています。誰かがいつのまにか袖の飾りボタンを、きちんとボタンホールを作ることで開くようにした。それを「細かな仕事ができる俺、偉い!」となったようです。ボタンホールをいまだ手かがりで仕上げたり、ボタンを重ねて設定するなども、ちょっとずつ個性を発揮した結果なのです。

イギリス式とは一線を画すやわらかな仕立ては南イタリアならではのスタイルで、細部の仕事ぶりも手の良い証拠。ですが、あからさまにそれを「良いスーツの証拠」とうたうことは、ちょっと違うかなと思うんです。たまたま日本でナポリスーツのブームがあったときに、その顕著な特徴をあげつらって「これぞ、良いスーツ」と銘打っただけのことのように思えます。

実際にナポリのテーラーは、客に「俺の仕立てた服を着ていないとは何事だ!」と、怒鳴るそうです。そして、よそのテーラーが仕立てたスーツをけちょんけちょんにけなすのだとか。

あるイタリアンサルトの重鎮である老職人が、僕に言ったことがあります。「自分の仕事に誇りを持っているならば、他人の仕事の悪口は言わないもの。君の着ているスーツを悪くいうテーラーがいたら、そいつは偽物だよ」と。


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