大人の嘘
何をしているところかというと、「モデルに着せたシャツとジャケットが大きかったので、クリップでつまんで写真に映るところではぴったりフィットしているふうに細工しているところです」。
長いことファッション誌の世界にいるので裏も表も見てきました。ファッションビジュアルの撮影現場は、スタイリストさん、ヘアメイクさん、カメラマンさん、ロケバスさん、編集担当さん、と結構の大所帯です。みんなであーでもない、こーでもないとビジュアルを作り上げていくのは楽しい作業であると同時に、産みの苦しみを体感する場でもあります。
ファッションポートレートは、服の見え方が重要です。これがアーチスト写真やポートレートなら、被写体の微妙な目線と表情がいちばん重要ですが、ファッション誌のビジュアルはモデルの表情と同時に服の表情を気にしなければなりません。服の生地の質感はでているか、シルエットは美しいか、余計なシワが入ったり、糸や裏側が見えていないかなど、何枚も何枚もシャッターを切って、誌面に掲載する最高の1枚をじっくり選びます。
このときの撮影用の服はスタイリストさんがメーカーやショップのプレスルームから借りてきます。モデルさんのサイズにあったものを選ぶようにしていますが、場合によっては服に合わせたモデル選びをすることもあります。撮影前にオーディションをしたり、モデルさんのサイズをエージェントに確認することもビジュアル作りの大切な準備です。
ですが、現場でどうしても服のサイズがモデルに合わないこともあります。いや、むしろサイズがぴったりなんてことは稀です。服が小さすぎて袖が短かったり、長すぎて裾が余ってしまったりは日常茶飯事です。
袖が短いときは、ポーズでごまかします。袖口が見えないように後ろに隠したり、わざと腕を組んだりポケットにいれてみたり。パンツの裾上げ、袖の丈詰めはスタイリスト・アシスタントさんが、アイロンとガムテープや両面テープと駆使した華麗なるテクで、切らずに簡易に仕上げます。ウェストが緩かったり、パンツが太すぎたりした場合は、後ろでクリップで摘んで細身に仕上げます。トルソーに着せて撮影する商品撮影は、マチ針で詰めたり、テープで寄せたり、内側に紙を詰めたり、袖中に筒状の厚紙を入れたりして保型します。
写真では見えないところに、いっぱい手をかけることで、素敵なビジュアルが仕上がりますが、白鳥と同じで水面下で一生懸命、足を掻いているんです。