投稿者「zeroyonlab」のアーカイブ

zeroyonlab について

メンズファッション誌のエディター、ライターとして活動しています。雑誌の特集ページに記載される、スタッフ名に「ZEROYON」「04」「ゼロヨン」とクレジットされているのが”私”。ちなみに1人ではありません。

クラシックだったら来年も着られるのに…

買い替え続けるのか、買い足し続けるのか モードの世界では、半年でガラリと様相が変わります。多くのデザイナーズメゾンが春夏と秋冬のコレクションに参加していますが、キャットウォークショーを開くにあたりテーマを設定して、そのテーマに基づいたデザインのアイテムを揃え、スタイルを作り、ショー形式で発表します。ですから春夏は「中世の海賊」がテーマでも、秋冬は「未来の火星人」で、さらに翌年の春夏は「南フランスのリゾートスタイル」がテーマかもしれません(さすがに時代感と乖離していたり、毎シーズンごとに関連性もなくハチャメチャ過ぎると顧客がついてこれないと思いますが)。シーズンごとにアイコン的なアイテムがあるので、次の年に着ていると「あ、それ去年のだ」とバレやすいこともあり、気にする人はちょっと気恥ずかしい思いをすることもあります。 クラシックの世界では、そこまで大きな変化はありません。以前もお話したように「クラシック」とは「古クサい」ではなく「最高級」の意味です。シルエットや色柄、素材や合わせ方などに流行はありますが、基本的にジャケット、シャツ、ネクタイ、パンツ、という定番アイテムばかりです。たとえば今シーズンはくすんだ色目のチェック柄が多いですが、来シーズンはカラーパレットが変化したり、春夏ですので生地が薄くなったりすることはあっても、がらりとペイズリー柄ばかりになることはありえません。去年買ったウィンドーペーンのジャケットを、今年着ていてもなんら恥ずかしいことはなく、来年になっても色柄や素材に大きな変化はなくて、チェック柄のジャケットが気恥ずかしい思いをすることはありません。 2〜3年前に、G.T.A.がスウェットパンツのようにリブ付きのウールのパンツをリリースしました。これは衝撃でした。数年前からモードとストリートの世界では、スウェットパンツを街着にする流行がときどきあったのですが、クラシックの世界ではパンツといえばスラックスが基本でしたので、カジュアルにはくコットンパンツはあっても、スポーツウェアの体裁であるスウェットパンツはありえない、と。しかし、これが徐々に認知されていって、今秋はリブパンがいろいろなブランドから登場しています。ここまで浸透するのに3年かかっているわけですが、来年はいてたらカッコ悪い、とは思われないはず。まだしばらく、向こう1〜2年はけるはずです。こういうふうに「徐々に拡大していく」のがクラシック・スタイルの流行の特長です。 てことはいまの流行を鑑みれば、ブークレやカセンティーノ、ツイードなどの紡毛系の流行は来年も継続すると思われます。色柄は徐々にシックなものへと変遷していますが、5年ぐらい前の無地ばかりの時代が再来するのは、もう少し先かもしれません。トレンドカラーは、シーズンごとの打ち出しはありますが、今年の春ぐらいまで見られたビビッドカラーの打ち出しから、すこしくすんだ色合いに変化していくでしょう。 ファッションはメトロノームではなく螺旋階段のようなもので、同じ位置を行ったり来たりするのではありません。窓から見える景色は同じようでも次元が違うので、たとえば今年流行っているダブルのジャケットが、いつか廃れてシングル一辺倒になり、再びダブルがトレンドにあがっても、ぜんぜん違うシロモノになっている可能性があります。いや、むしろ、きっと着丈やシルエット、バランスなど全然違うはずです。とはいえまったく新しいスタイルが生まれることは稀で、たいていは昔のスタイルの焼き直しなので、アレンジが効くのも事実。モードは毎シーズン上から下まで買い替えなければいけませんが、クラシックは買い足しで対応できます。つまりモードに比べて、クラシックは地球とお財布に優しいのです。 お安くはないですけどね。 ... 続きを読む


知る人ぞ知る、孤高の日本人テーラー

知られざる日本人テーラー 最近よくメディアで見かける海外在住の若い日本人テーラー。日本のテーラー文化は風前の灯火ですので、仕立て服文化がまだ根強い海外で活躍するのはひとつの方法かもしれません。 実際、海外の有名テーラーの工房に現地人がいることは稀で、ロンドンでもナポリでも、実際に鋏を持ち、針と糸を持っているのは東欧やアジア系の人たちが多いそうです。なるほど、工房取材を拒むわけだ。有名な話ですが、パリの某日本人テーラーは、技術もセンスもあったのにオーナーから、日本人をうちの店のトップに立てることはできない、といわれたそうです。フィレンツェの有名なテーラーでは、VIP顧客の注文を手がけるのはグルジア人の夫妻の仕事で、その他のオーダーは韓国人職人が手がけているとか。 イタリアで聞いた、ある日本人の若者の話です。ナポリへテーラー修行に行きたかったのですが、イタリア語も話せなければ海外経験すらまったくない。まわりから「いきなりナポリは危険すぎる」と諭され、比較的治安の良いフィレンツェに語学留学することにしました。3ヶ月ほどで、ようやく挨拶程度、カタコトのイタリア語ができるようになった頃、たまたま覗いた某有名テーラーの店先で、「ここで働きたいのですが」という覚えたてのイタリア語を使ってみると、運良く店にいたオーナーが対応してくれました。イタリア人オーナーが早口で彼に何かをまくし立てるので、とりあえず名前を名乗り「ここで働きたいのですが」というフレーズを繰り返していたところ、オーナーが奥からプリントアウトした書面を持ってきました。書面を見ると、なにやらイタリア語が書いてあり、最後に自分の名前が入っています。「ははぁ、これは労働契約書だな」と勘を働かせた彼は、書面を見せるオーナーに、「Si,Si(イタリア語でYes,Yesの意味)」と繰り返すと、どうやら明日から店に来いと言われました。こうして翌日から彼は工房で雇ってもらえることになったのです。数ヶ月後、べつの日本人の若者が店を訪れて「ここで働きたいと手紙を書いたものです」と言うではありませんか。すでに工房で修行していた彼と新たに訪れた彼の名、じつは下の名が同名だったのです。最初に訪れた彼のことを、熱心な手紙を送ってくれた後からきた彼と思い込んだオーナーの勘違いだったのです。オーナーは一言「もうしわけないが、工房はいま人手が足りているので」と、手紙の主の彼を追い返してしまったそうです。店に入れた彼は、真面目な仕事ぶりが評価され、その後独立しました。いまでは日本国内にも顧客を抱えて、年に数回来日して高級ホテルで、オーダー会を開いています。 運悪く、店に入れなかった同名の彼は、その後どうなったのでしょう。気になりますよね。じつはこの話、先に工房に入った彼から直接聞いたもので、どのときは「へー、神様のいたずらみたいな話だね」なんて思っていたのですが、最近になって工房に入れなかった彼と出会いました。彼はフィレンツェを離れ、ナポリで著名なサルトの工房をいくつもまわり、ある有名テーラーの工房に入ることができました。すでに日本に帰国し、いまは個人でアトリエを構えています。そこで目の超えたマニアックな顧客に向けた仕立て服を作り続けています。メディアが取り上げることはほとんどありませんが、ナポリで鍛えた凄腕は僕が保証します。気になる人はAnglofiroを探してみてください。アトリエの場所は明かしていません。   メンズファッション... 続きを読む


なぜメンズ誌に仕立屋情報がないのか

買えないものは載せられません パターンオーダーとかフルオーダーとか、近所にセンスのいいテーラーがいればいつでもお願いしたいものですが、仕立屋稼業は減少する一方で、仕立て服全盛の時代からすると半分以下と言われています。昔はテーラーだったんだろうなという、カスれた「註文服」と書かれた看板を掲げたシャッター店、街中でちらほら見かけますよね。 もっと雑誌などメディアがテーラー情報を掲載すればいいのに、よほど繁盛している有名店以外は、なかなかメンズファッション誌にも情報が乗りません。たまーに企画があっても、「元銀座の有名テーラーから独立」とか「イタリアの有名テーラーで修行した」とか、看板のあるテーラーさんばかり。しかも、たいていはそこんちの仕立てたスーツではなく、テーラーさんご本人が登場して修行時代の苦労話や自身の服哲学について語っておしまいだったりします。 これは主に「テーラーの作る服を誌面に掲載しても、同じものを購入することができないから」だったりします。大手はともかく、小さなテーラーさんは、サンプルとして用意している服の用意が無い場合があります。そのうえ大手でも、生地見本はあるけれど、サンプルはなくて、お客さんに引き渡す完成品ならバックルームにあるけど、となってしまうことが多々有ります。これでは雑誌として情報を乗せることを躊躇してしまうんです。イタリアのテーラー特集をやりたくても完成品がない。テーラーと「哲学」の話ばかりで、商品情報がないと、日本の雑誌は商品情報がメインなので「誌面を作れない」と思い込んでしまう。そういうわけなんです。 もうひとつ。テーラーさんが雑誌にとって「お客様」でないことも理由のひとつです。雑誌にとってのお客様とは、広告主のこと。テーラーが雑誌に広告を打てば、テーラーの情報を誌面に掲載する企画を考えるでしょう。奇しくも最近、某編集長が「クライアントから、この雑誌に広告を載せれば、モノが売れるぞと思ってもらうこと」が雑誌の売上を増すために必要なこと、と言っていましたが、雑誌もビジネスですので、掲載して出版社に広告料というお金が入ってくるシステムを作らなくてはなりません。雑誌1冊売って、その売上で会社が回ってるわけではないのですから。 センスのいいテーラー情報を刈り取るためには、雑誌の隅っこのページまで目を通していないといけません。お金を払って雑誌を買って、それでテーラー情報がなければがっかりです。良質なテーラー情報はネットの中で拾うのが賢明かもしれません。しかしネットの情報は、選別しなければ良質な情報にたどり着けません。腕のいいテーラーを探すことさえ難しい。仕立て服とは、かくも難解なものなのです。 ... 続きを読む


サルトリアーレってなんぞや?

猿鳥アーレ? 昨日は「ス・ミズーラとはパターンオーダーのことです」と説明したので、今日はサルトリアーレについてです。はいそうです、フルオーダーのことです。 日本はもちろん。イギリスでもイタリアでも、フルオーダーは昔に比べて決して多くない、お金持ちの道楽的な位置づけになってきました。実際、型紙から起こしてスーツを仕立てて何十万円も払うより、数万円でそこそこのスーツが買えるなら、それで十分ってことなんですよね。でもフルオーダーには、フルオーダーならではの魅力もありますよ。 まず、絶対にどこにもない自分だけの一着が仕立てられます。ラペル幅を自由に設定して、ポケットの位置やフロントカットも思いのまま、袖のラインはもちろんパンツも細かろう太かろう自由自在です。派手な柄生地を選んだり、ディテールを自由に変えたり、パーツごとに生地を変えたりすることもできますから、デザイナーになったつもりでやりたい放題できちゃいます。 はい、ここまで読まれて不安に思われた方もいらっしゃるかと。フルオーダーを仕立てるとは、テーラーを自分のお抱え職人に、思い通りにタクトを振ることですから、スーツのデザインや仕立てに多少なりとも知識がないと、手出しは危険なわけです。素人が大金握ってフルオーダーに手を出すと、大抵の場合失敗します。1回着て、タンスの肥やしになりがちです。 フルオーダーは、パターンオーダーでは満足行く仕上がりにならなかった場合、最後に行き着くスーツだと思います。パターンオーダーの型紙調整が下手くそなテーラーなら、そっこく見限って次のテーラーを探すべきと思うのですが、さすがにお相撲さんとか無理なんです。スポーツ選手とか特異体型な方でしたら、最初から腕のいいと評判のテーラーでフルってもらうほうが確実ですが、その際「おまかせ」というのが一番いいんです。へんに下心を出すと、ぜったいあとで後悔しますから。ええ、自分のことです。 フルオーダーとは、寿司屋で板前さんに「今日は、日本酒と楽しみたいから」とか「女性連れなので」とか、ちょっとした情報を与えて献立をお任せするのに似ています。食同様、スーツにもそんな楽しみ方があるということです。 ... 続きを読む


ス・ミズーラってなんぞや?

酢水浦 「スーツをス・ミズーラする」といって、なんのことか分かる人は、この先読まないでいいですよ。すっごく簡単に言うと「ス・ミズーラ」とは「パターンオーダー(セミオーダー、イージーオーダー)」をイタリア語で言ってるだけです。 「スーツはオーダースーツです」と自慢げにいう人がいますが、「オーダースーツ」と一言で言っても、採寸して型紙から起こすのか、ありものの型紙をちょこちょこ部分的に修正して仕立てるのかによって、仕事量はハンパなく異なります。型紙から起こす仕立ては「フルオーダー」といって、英語では「ビスポーク」、イタリア語では「サルトリアーレ」といいます。こちらは、値段もハネ上がります。 店頭で生地を選んで、ガーメントと呼ばれるサンプルを着て、採寸をして、1〜2ヶ月後に納品されるのが「ス・ミズーラ」です。セレクトショップや百貨店なんかのスーツ売り場にもよくありますし、ロードサイドの専門店でも店の片隅にコーナーがあったりします。 これはメーカーが所有する「理想値」で引かれた型紙を、お客様の体型に合わせて、肩まわりをちょっと詰めたり、ウェストをちょっとだしたり微修正してから縫製されます。ジャケットとパンツのサイズを上下で規定サイズから変更できるので、胸板は薄いけどお腹がでているとか、華奢なんだけど水泳体型で肩幅があるという人には適しています。 スーツは自分の身体に合っているものが、一番カッコよく見えます。それはガリガリのやせっぽちでも、デブちんでもそうです。海外のでっぷり太ったオヤジ連中も、自分の体型にあわせて仕立てたスーツを着ていると、デブでハゲでもそこそこカッコよく見えます。そもそもスーツとは、そういう服なんです。だからこそ、パターンオーダーで身体に合わせたスーツを着ると、「吊るし」といわれる既成品のスーツをそのまま着るよりカッコよく見えるというわけ。 理想的なモデル体型でもなければ、基本的に既製スーツが自分の身体に合うことはないので、パターンでもオーダーしたほうがいいと思うんです。有名ブランドでなくても、町の仕立て屋でも、自分の身体に合わせて仕立てたスーツは絶対的にカッコよく見えます。ただそこに、時代のスパイスというか、ほんの少しだけ今っぽさが加わるとなおさらいいですね。ジャケットの着丈がちょっと短いとか、色柄が今っぽいとか。そういうセンスのある仕立て屋さんが近くにあればいいのですが、残念ながらそういう気軽に行ける仕立屋さん自体が、ほとんど立ちいかないのが現状です。 既成品を否定するわけではないですが、お直しで対応できる範囲というのはじつはそんなに多くありません。既製スーツは、スーツデザイナーの気分や提案を着るもの考えれば、誰が引いたかわからない名もないスーツを着る意味がないと思うんです。既成品のスーツは基本的にモデル体型だったり、ちょっとおじさんでもそこそこお腹のへこんでいる人など、そこそこスマートな人を想定して仕立てられています。 既成服の型紙そのままの理想体型の人なら問題ないのですが、あきらかな「おっさん」体型だったら、諦めた方がいいですね。スウェットパーカやデニムのように、体型に合わせなくてもそこそこカッコよく着られる服なら別ですが、それでもカジュアル服もジャストサイズで着てるほうがカッコいいと思うんです。ヒップホップ系のダボダボなスタイルって、あれ着てカッコいい大人も確かにいますけど、ふつーの人が着てたらやっぱマズいですよね。 ... 続きを読む