スーツ」カテゴリーアーカイブ

雑誌に書けない、1着目のオーダーは捨て石という話

まずは3着仕立ててから スーツでもシャツでも、初めてオーダーするブランドやテーラーで、満足のいくものが仕上がるとは思わないほうがいいです。なぜなら一着目では、オーダーする側もされる側も、手探り状態だからです。 人の体は千差万別。10人いれば10人、100人いれば100人、体型はばらばらで、似通っていても、お腹まわりが1㎝違っていたり、左右の腕の長さが違ったり、肩傾斜が違ったりひとりととして同じ体型はいないのです。腕の長さが同じでも、肩や二の腕の筋肉の付き方が違えば、袖の太さも変更しなければ稼働時のツレる量が変わってきます。パンツだってウェスト幅、裾丈だけでなく、太腿やふくらはぎの太さも重要ですし、足を曲げた時、座った時などの扁平する量が筋肉や脂肪の量によっても変わってきます。 そんな人たちすべてにそれぞれ、ぴったりの服を仕立てることなどほぼ無理なのです。こういった体のサイズには、統一のスペックが存在しないので、テーラーさんは自分のもっている経験則という引き出しの中から、一番近しいサイジングやバランスやテクニックを使って、着る人にフィットすると思われる一着を仕立てあげます。しかしながら実際は袖釜の大きさがもう少し太いほうがいいとか、裾丈があと5mm長いほうがいいとか、着る人にぴったりのサイジングを見つけるのは、服が仕上がってみてからでないとわからないことが多いのです。パターンオーダーでは限界があるし、フルオーダーならテーラーの腕の良し悪しがリアルに表れます。そして、本当に腕の良いテーラーは、とても希少です。 仮縫いのあるテーラーなら、少しは事前にチェックできますが、仮縫い段階のスーツやジャケットも、実際に仕上がってみると、多少ズレが生じます。このズレを正すためには最低3回のオーダーが必要なのです。服を仕立てるなら、いろいろなテーラーを回るのではなく、だまって3着仕立ててみて、一生その店と添い遂げるか、次の店を探すか判断すべきなのです。 ... 続きを読む


ポケットが歪んだら仕立てどき

スーツの寿命 スーツの買い替えどきって、どんなときでしょうか。 ・肘や膝などが擦れてテカってきたら。 ・芯地がユルくなって、肩や胸が波打つようになったら。 ・ラペルのロールが裏からプレスしてもヘタってしまうようになった。 ・コーヒーこぼした。 ・パスターのソースがべったりついた。 ・タバコで焦がした。 若いうちに考えられるのは、ざっとこんな感じでしょうか。自分がおじさんになって、気づいたのは「おじさんは体型が変わりやすい」ということ。仕事のストレス、接待、飲み会が続くとあっというまに太ります。どれぐらい太るかというと、2〜3kgの増加はあっという間で、逆にストレスや忙しすぎてご飯が食べられないと2kg... 続きを読む


知る人ぞ知る、孤高の日本人テーラー

知られざる日本人テーラー 最近よくメディアで見かける海外在住の若い日本人テーラー。日本のテーラー文化は風前の灯火ですので、仕立て服文化がまだ根強い海外で活躍するのはひとつの方法かもしれません。 実際、海外の有名テーラーの工房に現地人がいることは稀で、ロンドンでもナポリでも、実際に鋏を持ち、針と糸を持っているのは東欧やアジア系の人たちが多いそうです。なるほど、工房取材を拒むわけだ。有名な話ですが、パリの某日本人テーラーは、技術もセンスもあったのにオーナーから、日本人をうちの店のトップに立てることはできない、といわれたそうです。フィレンツェの有名なテーラーでは、VIP顧客の注文を手がけるのはグルジア人の夫妻の仕事で、その他のオーダーは韓国人職人が手がけているとか。 イタリアで聞いた、ある日本人の若者の話です。ナポリへテーラー修行に行きたかったのですが、イタリア語も話せなければ海外経験すらまったくない。まわりから「いきなりナポリは危険すぎる」と諭され、比較的治安の良いフィレンツェに語学留学することにしました。3ヶ月ほどで、ようやく挨拶程度、カタコトのイタリア語ができるようになった頃、たまたま覗いた某有名テーラーの店先で、「ここで働きたいのですが」という覚えたてのイタリア語を使ってみると、運良く店にいたオーナーが対応してくれました。イタリア人オーナーが早口で彼に何かをまくし立てるので、とりあえず名前を名乗り「ここで働きたいのですが」というフレーズを繰り返していたところ、オーナーが奥からプリントアウトした書面を持ってきました。書面を見ると、なにやらイタリア語が書いてあり、最後に自分の名前が入っています。「ははぁ、これは労働契約書だな」と勘を働かせた彼は、書面を見せるオーナーに、「Si,Si(イタリア語でYes,Yesの意味)」と繰り返すと、どうやら明日から店に来いと言われました。こうして翌日から彼は工房で雇ってもらえることになったのです。数ヶ月後、べつの日本人の若者が店を訪れて「ここで働きたいと手紙を書いたものです」と言うではありませんか。すでに工房で修行していた彼と新たに訪れた彼の名、じつは下の名が同名だったのです。最初に訪れた彼のことを、熱心な手紙を送ってくれた後からきた彼と思い込んだオーナーの勘違いだったのです。オーナーは一言「もうしわけないが、工房はいま人手が足りているので」と、手紙の主の彼を追い返してしまったそうです。店に入れた彼は、真面目な仕事ぶりが評価され、その後独立しました。いまでは日本国内にも顧客を抱えて、年に数回来日して高級ホテルで、オーダー会を開いています。 運悪く、店に入れなかった同名の彼は、その後どうなったのでしょう。気になりますよね。じつはこの話、先に工房に入った彼から直接聞いたもので、どのときは「へー、神様のいたずらみたいな話だね」なんて思っていたのですが、最近になって工房に入れなかった彼と出会いました。彼はフィレンツェを離れ、ナポリで著名なサルトの工房をいくつもまわり、ある有名テーラーの工房に入ることができました。すでに日本に帰国し、いまは個人でアトリエを構えています。そこで目の超えたマニアックな顧客に向けた仕立て服を作り続けています。メディアが取り上げることはほとんどありませんが、ナポリで鍛えた凄腕は僕が保証します。気になる人はAnglofiroを探してみてください。アトリエの場所は明かしていません。   メンズファッション... 続きを読む


サルトリアーレってなんぞや?

猿鳥アーレ? 昨日は「ス・ミズーラとはパターンオーダーのことです」と説明したので、今日はサルトリアーレについてです。はいそうです、フルオーダーのことです。 日本はもちろん。イギリスでもイタリアでも、フルオーダーは昔に比べて決して多くない、お金持ちの道楽的な位置づけになってきました。実際、型紙から起こしてスーツを仕立てて何十万円も払うより、数万円でそこそこのスーツが買えるなら、それで十分ってことなんですよね。でもフルオーダーには、フルオーダーならではの魅力もありますよ。 まず、絶対にどこにもない自分だけの一着が仕立てられます。ラペル幅を自由に設定して、ポケットの位置やフロントカットも思いのまま、袖のラインはもちろんパンツも細かろう太かろう自由自在です。派手な柄生地を選んだり、ディテールを自由に変えたり、パーツごとに生地を変えたりすることもできますから、デザイナーになったつもりでやりたい放題できちゃいます。 はい、ここまで読まれて不安に思われた方もいらっしゃるかと。フルオーダーを仕立てるとは、テーラーを自分のお抱え職人に、思い通りにタクトを振ることですから、スーツのデザインや仕立てに多少なりとも知識がないと、手出しは危険なわけです。素人が大金握ってフルオーダーに手を出すと、大抵の場合失敗します。1回着て、タンスの肥やしになりがちです。 フルオーダーは、パターンオーダーでは満足行く仕上がりにならなかった場合、最後に行き着くスーツだと思います。パターンオーダーの型紙調整が下手くそなテーラーなら、そっこく見限って次のテーラーを探すべきと思うのですが、さすがにお相撲さんとか無理なんです。スポーツ選手とか特異体型な方でしたら、最初から腕のいいと評判のテーラーでフルってもらうほうが確実ですが、その際「おまかせ」というのが一番いいんです。へんに下心を出すと、ぜったいあとで後悔しますから。ええ、自分のことです。 フルオーダーとは、寿司屋で板前さんに「今日は、日本酒と楽しみたいから」とか「女性連れなので」とか、ちょっとした情報を与えて献立をお任せするのに似ています。食同様、スーツにもそんな楽しみ方があるということです。 ... 続きを読む


ス・ミズーラってなんぞや?

酢水浦 「スーツをス・ミズーラする」といって、なんのことか分かる人は、この先読まないでいいですよ。すっごく簡単に言うと「ス・ミズーラ」とは「パターンオーダー(セミオーダー、イージーオーダー)」をイタリア語で言ってるだけです。 「スーツはオーダースーツです」と自慢げにいう人がいますが、「オーダースーツ」と一言で言っても、採寸して型紙から起こすのか、ありものの型紙をちょこちょこ部分的に修正して仕立てるのかによって、仕事量はハンパなく異なります。型紙から起こす仕立ては「フルオーダー」といって、英語では「ビスポーク」、イタリア語では「サルトリアーレ」といいます。こちらは、値段もハネ上がります。 店頭で生地を選んで、ガーメントと呼ばれるサンプルを着て、採寸をして、1〜2ヶ月後に納品されるのが「ス・ミズーラ」です。セレクトショップや百貨店なんかのスーツ売り場にもよくありますし、ロードサイドの専門店でも店の片隅にコーナーがあったりします。 これはメーカーが所有する「理想値」で引かれた型紙を、お客様の体型に合わせて、肩まわりをちょっと詰めたり、ウェストをちょっとだしたり微修正してから縫製されます。ジャケットとパンツのサイズを上下で規定サイズから変更できるので、胸板は薄いけどお腹がでているとか、華奢なんだけど水泳体型で肩幅があるという人には適しています。 スーツは自分の身体に合っているものが、一番カッコよく見えます。それはガリガリのやせっぽちでも、デブちんでもそうです。海外のでっぷり太ったオヤジ連中も、自分の体型にあわせて仕立てたスーツを着ていると、デブでハゲでもそこそこカッコよく見えます。そもそもスーツとは、そういう服なんです。だからこそ、パターンオーダーで身体に合わせたスーツを着ると、「吊るし」といわれる既成品のスーツをそのまま着るよりカッコよく見えるというわけ。 理想的なモデル体型でもなければ、基本的に既製スーツが自分の身体に合うことはないので、パターンでもオーダーしたほうがいいと思うんです。有名ブランドでなくても、町の仕立て屋でも、自分の身体に合わせて仕立てたスーツは絶対的にカッコよく見えます。ただそこに、時代のスパイスというか、ほんの少しだけ今っぽさが加わるとなおさらいいですね。ジャケットの着丈がちょっと短いとか、色柄が今っぽいとか。そういうセンスのある仕立て屋さんが近くにあればいいのですが、残念ながらそういう気軽に行ける仕立屋さん自体が、ほとんど立ちいかないのが現状です。 既成品を否定するわけではないですが、お直しで対応できる範囲というのはじつはそんなに多くありません。既製スーツは、スーツデザイナーの気分や提案を着るもの考えれば、誰が引いたかわからない名もないスーツを着る意味がないと思うんです。既成品のスーツは基本的にモデル体型だったり、ちょっとおじさんでもそこそこお腹のへこんでいる人など、そこそこスマートな人を想定して仕立てられています。 既成服の型紙そのままの理想体型の人なら問題ないのですが、あきらかな「おっさん」体型だったら、諦めた方がいいですね。スウェットパーカやデニムのように、体型に合わせなくてもそこそこカッコよく着られる服なら別ですが、それでもカジュアル服もジャストサイズで着てるほうがカッコいいと思うんです。ヒップホップ系のダボダボなスタイルって、あれ着てカッコいい大人も確かにいますけど、ふつーの人が着てたらやっぱマズいですよね。 ... 続きを読む