サヴィルロウ仕立てとの違いは「みーんな違う」ところ
実際のところ、最近はナポリ偏重というわけではないのですが、それでもやっぱりメンズファッション界はイタリアのブランド、イタリアの仕立てが主流です。「英国トレンド」は、タータンチェックやくすんだ色味を指すのであって、サヴィルロウ型の“モビルスーツ”が爆発的に人気になることは、まだなさそうです。
イタリア仕立てといっても、ミラノを中心とする北と、ナポリを代表とする南では、ずいぶんと違いがあります。ミラノのサルトは都会的で洗練されていて、イタリア製のしなやかな生地をつかって、直線的なイギリスのスーツより丸いフォルムのスーツを作り出します。カラチェニやベルベストなどがその代表でしょうか。
それに対してナポリのスーツは、マニカカミーチャ、バルカポケット、カッタウェイフロントなど、特徴的な仕様はありますが、仕立て屋ごとにかなり差があります。マニカを使わないサルトも少なくありませんし、背の抜き方、芯地やパット、裏地を省く仕立ても様々に存在して職人がそれぞれに腕を競う文化があったのです。アントニオ・パニコやアットリーニ、キートンなど、それぞれが似ているようで似ていないのがナポリ仕立て。つまりナポリ仕立てとは「みんなバラバラ」なことを言うのです。
以前は「師匠が違えば、仕立て方が違う」というのがナポリのサルト文化でしたが、実際のところ近年は名のあるサルトは工房制を敷いています。ブランド名に冠したサルトは、以前は実際に針糸を持っていたのですが、いまでは社長業がメインの看板役者。作品は工房のチーフの指導次第というのがホントのところ。しかも工房のチーフもスタッフも、ヘッドハンティングやら喧嘩やらで横移動が激しいのがナポリらしいところでもあります。個性あふれるサルトが腕を競うナポリ仕立ての文化は無くしたくない貴重な歴史的産物です。