もっとエゴのあるファッションを

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ライターズ・スタイル(序)

 ライター仕事をメインにファッションシーンに関わってはや20余年。カメラマンやスタイリストと同じように、雑誌やカタログ等を作るうえで重要なスタッフだという自負はある。が、どうもナンだか存在感に欠けるような気がするんです。それはひょっとしたらライターの主要な武器が言葉(日本語)だからかもしれません。確かに言葉は中学生くらいにでもなれば、ソレなりに操れるもの。SNSなどの通信文化が発達した現在では、一般の方でもプロ顔負けの文章をものす場合があったりするようです。じゃあファッションライターはアマ同然の存在か? いやいや、さにあらず。絶対! などと半日机の前でツラツラ考えてひらめいたのが「ライターズスタイル」なるコンテンツ。どういうモノかと申し上げますと、ライターのスタイルこそが次世代に残すべきスタンダードである!という大ソレた信念のもと編み上げるエッセー集のようなweb連載。

いわく

・ファッションライターゆえに知りえる先端情報がある。

・著名スタイリストのコーディネイト・メソッドを間近で見ている。

・敏腕編集者たちの嗅覚及びエディトリアル理論の薫陶を受けてきた。

・そして服の作り手たちが持つ“思い・願い”も受け止めている(つもり)。

・ただしライターは、生来地味めなマインド&ルックス(泣)ゆえに、突拍子もない格好や考え方とは無縁。

・またライターはギャランティもささやか(号泣)ゆえに、ショッピングも実に堅実&現実的。

・つまり、ファッション・ビギナーやフツーの人でもその考え方や装い方に共感を持ちやすいし、実践だってしやすい。

・しかも「○○だから○○となる」という簡潔で明瞭な説明ができる。(まぁソレが一番の取り柄だし)

 加えて大事なのがハートの問題。服装というのは確かに見た目の問題ですが、そこに意志がなければ単なるコスプレというか服の寄せ集めにすぎません。どういった意志を持ち、どういう考えゆえにソレを選んで使い続けているのか? が何より大事なのです。メディアや雑誌はどうしても不特定多数に向けて情報を発信しなければならない宿命から、そのハートの部分をあまり強く押しだせません。込めようとしても最大公約数的なモノにしかなりえないのです。逆にこのライターズスタイルでは、「僕」という個人の考えやテイストを軸にモノや着こなしの紹介をしていくのが大きなテーマ。自分のエゴとどこまで向きあえるのか? エゴはどこまでエンターテインメントたりえるか? メンズファッションの可能性はそこに大きく関連していると考え、ちょっとずつコツコツと発信していこうと考えています。請うご期待!(次回は再注目されつつあるストライプタイの話を予定)


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